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2009-01-24

「ハドソン川の奇跡」と金融危機

「ハドソン川の奇跡」と金融危機|紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感 最後の空冷ポルシェとともに
少し古い話になるが。
最近ハドソン川に、飛行機が緊急着水するニュースがあって。
見事に乗員・乗客・付近の住民に誰一人怪我をさせることなかった機長に、全米あるいは全世界が賞賛の声を送った。


アメリカでは、当然に彼はスーパーヒーローで。
1549、というそのシャーロット行きの便の便名が、今では究極のラッキーナンバーになっているらしい。


そのニュースに対する人々の興奮ぶりを見ると。
あるいは機長に投げかけられるたくさんの賞賛と感謝、感動の声を聞くと。
ああ、また金融危機は起こるな、と強く感じた。


なんでUSエアウェイズがハドソン川に不時着して乗客・乗員が無事だと、金融危機がまた起こるのか、と当然不思議に思うと思うが。

ちょっと長いが、以下を読んでもらいたい。

以下の記述は実在する人物について、ではなく、あくまでもフィクションだが。
オバマ新大統領が就任演説で述べた、「a consequence of greed and irresponsibility on the part of some」、つまり「一部の者の強欲と無責任の帰結」をあらわす典型的な例だと考えて欲しい。


あるトレーダーがいた。

市場のトレンドが全て上向きだったので。
何をやっても失敗することは考えにくい状況だったのも間違いなかったのだが。
がっつり多額のボーナスを貰って、いい暮らしをしていた。


そして、1年程前に別の会社にシニアトレーダーとしてかなりの好条件で移った。

しかし。
直前まで在籍していた会社が、彼が残していったポジションを精査したところ。

とんでもないことが判明。

流動性の低いポジションを大量に在庫にしていて、それを市場実勢を大幅に上回る値段で評価していたのだ。

そりゃ、儲かるわ。

たとえば。
今価格が暴落していて、額面の20%でも買い手が付かないだろうと思われる永久劣後債を100億近く在庫にして。
80%で評価していたり。
不動産会社が発行体である流動性の低い債権を数十億円分買って、その不動産会社が破綻の危機に瀕していたり。

当然、評価はその危機的状況を反映したものではなく。

彼は1年を通じて(250営業日とかですが)、毎日のトレーディングでほぼ負けることはなかった、らしい。
そりゃ、こんな感じで評価していれば、負けることもないだろう。


なおかつ会社が彼にチャージするファンディングコストが、取っているリスクに対して低すぎたので。
多額の在庫からのキャリー収入も、相当な額にのぼり。
彼のPL(損益)を押し上げた。


何でも買いまくって、ポジションを膨らませれば膨らませるほど。
彼のPLは増えていく。
だって、時価はごまかし放題、ポジション取ればキャリー収入が増えるわけだから。


何でそんなことが可能だったかというと。

自分が保有する債券の時価評価を、トレーダー自らが行うから、なのだ。
それも、だれも時価がどこにあるか見当もつかない、流動性の低い相場の中で。
そして保有している金融商品のリスクの度合いを、客観的に判断できる第三者がいなかったからなのだ。


ポジションの時価をごまかす人間がいることは想定されているので。
コントローラーと言われる人が、トレーダーの評価が間違っていないかどうか、責任を持って判断することになっている。
まともな会社は、ちゃんとしたコントローラーを雇って、トレーダーの暴走を防ぐ仕組みにしている。
その上、そもそもまともな上司がいて、部下のトレーダーがマークをごまかしていないか、しっかりチェックしている。


だが。
彼が直前まで在籍していた会社は、利益を生み出すフロント部門のみに注力して。
コントローラーを含む管理部門への投資を怠り。
結果、よく分かっていない優秀でない人間が、コントローラーとなっていて。
トレーダーの言うなりで、時価のチェックを実質的に行っていなかったのだ。

したがって、時価も正確には判断できず。
リスクに見合ったファンディングコストをチャージすることも、リスクが判断できていなければ当然にできず。


時価をごまかすのに、何を利用したかというと。

一つには、業界団体が毎日まとめている標準気配。

これがまた怪しい代物で。
業界団体に各証券会社からデータを提供し、毎日更新されるので、市場実勢を反映しているように思いきや。
そのデータを出しているのは、どこの業者でも一番の若造。
流動性が低い債券の場合、データ提供する業者が違うと利回りが1%違ってもぜんぜんおかしくない。


ちなみにこのデータを元に、ファンドの時価を計算している運用会社もたくさんある。
流動性の高い債券についてはそれなりのデータの信頼性はあるかもしれないが。

このデータ作成は、ひどい馴れ合いに基づいた代物であるらしく。
特定の会社に大きなニュースが出て、当然その会社の発行する債券の時価が大きく変わるべきところが。
あまり激しく時価を動かすと、投資家からクレームがくるので。
いわゆる「スムージング」した値段が、データとして提供されている、と言われている。


そこでの時価を使えば、市場実勢より数%から場合によっては10%以上高い値段で在庫を評価できることもあるし。
格付対比の平均スプレッド(BBB格5年だとL+XXXbp、みたいな)を使って、ほとんど取引されない流動性の低い債券の時価を無理やりかさ上げすることも、不可能ではない。


だって、業界団体が複数社から集計した時価情報に基づいてポジションを評価しています、と言えば。
よく分かっていないコントローラーなら、「あ、それで良いんじゃない?」って思ってしまうはず。


(ただし、某業界団体の時価情報が当てにならず、それで時価評価を行うのが完全に不適切であるといっているわけではないので。それにこの例は最初にお断りしたとおりフィクションなので、念のため。)


というわけで。

流動性の低い(ということは往々にして質が悪い、と言うことだが)債券を山のようにポジションして。
バランスシートの制限もなく、安いコストでファンディングを取って来れれば。
絶対負けない、スーパートレーダーの出来上がり。


最初はごまかそうと思ったわけではないかもしれないが。
ゲームのルールを理解すればするほど。
彼が取る行動は、どんどん大胆になっていったことは、想像に難くない。
それが、正しかったかどうかについては、歴史が証明することになったのだが。


前にも書いたが、ゲームのルールが人の行動を支配する ので。
ゲームのルールの設計者が設計をしくじると、みんながとんでもない方向に走り始める。


会社の中での彼の評価は超高く。
ボーナスはとんでもない額がもらえたりして。
とりあえず、チームも会社も儲かっているように見えるし。
上司もハッピー。


ってなことをやってたバカな人たちやバカな会社が、いっぱいいたわけですよ。
程度の差こそあったかもしれないが。


別に、社債の世界だけではなく。
「流動性の低い債券」、を「CDS」や「サブプライムローン」に置き換えても、本質は何も変わらない。


「過去10年間のデフォルト率、損失率と住宅価格の上昇をベースに、サブプライムローンの時価を評価しました」って言えば。
ローンの評価が実質的にかさ上げされた。

リスク調整されていないファンディングコストに基づいて、バランスシート膨らませて、じゃんじゃんローンを在庫にして。
とりあえずバブルが弾けなければ、みんなハッピー。
あるいはリスクが証券会社のバランスシートに残らず、売り抜けられば。


格付会社は、最初の例でのコントローラーみたいなものだろう。
賢い人もいたかもしれないが、証券化商品の歴史が一番古いのでも30年程度しかないのに。
100年に一回のショックが襲えば、過去のデータを元に格付けつけていれば、どんな天才でも失敗する。


自分が、会社のポートフォリオに強力な爆弾を埋め込んだのに、知らん振りして。
儲かってる儲かってる、って周りが喜んでいる間に、がっつりボーナス貰って。
爆弾が炸裂する前に、他社に移籍。


っていう爆弾が、いまでもここかしこに眠っている。
というか、今でもいろんなところでドッカンドッカン炸裂しまくっていて。
まだどれだけ残っているのか、分からない状況。


これの集合体(これだけではないが)が、金融危機というものを形作っているものの一部で。
オバマ新大統領が触れた、「一部の者の強欲と無責任」の、ひとつの典型的な例。


じゃあ何でUSエアウェイズの不時着水と、金融危機と関係あるかというと。


ハドソン川の事故では、無事に着水した、機長の卓越した操縦テクニックと、最後の乗客が救助されるまで機内にとどまった勇気と責任が賞賛された。
それはそれでとてもよく理解できるのだが。
私からするとそれは、「危機的な状況が起こった後」に、その危機から人々を守った人間が褒め称えられた、ということに他ならない。


これが問題なのだ。
これが、次の危機(必ずしも「金融」危機とは限らないかもしれないが)を引き起こす伏線になる、と思うのだ。


詳しく説明すると。


「危機的な状況」はどうして起こったかというと。
通常なら起こることが想定されていない、バードストライクによるエンジン停止、それも2基のエンジン両方、という事態によって引き起こされた。
2つしかないエンジンの両方が、鳥を吸い込んでしまうことによって停止してしまったことについての機長の責任はどの程度あるのかは分からない。
もしかしたら、どうやったって避けようのない事象だったのかもしれない。


でも。
飛行直前に、いつも双眼鏡か何かで空港の周りを観察して、バードストライクの危険を事前に察知し。
飛び立つ準備が出来た飛行機に、あえて離陸許可を出さなかった管制官もいたかもしれない。

乗客やパイロットは、いつまでたっても離陸が許可されないことに、腹を立てたかもしれないが。
その管制官の行為によって、そもそも2基のエンジンの両方とも停止してしまうような深刻なバードストライクを招くことはこれまでずっと避けられてきた、ということだってありえる。
(慎重に鳥を避けるため離陸を延期させた管制官が、「業務が非効率だ」として逆に誹りを受ける例のほうが、多かったかもしれない。)


あるいは離陸する飛行機の機長が。
「現在鳥がたくさん飛んでいてバードストライクの危険が高いかもしれないので、鳥の群れが去ったあとに離陸許可願います」と言っていれば。
そもそも今回のような危機的な状況を招くことはなかった、かも知れない。


いや、空港の構造上、あるいは水鳥の生態上、バードストライクは予見不可能だよ、という反論は必ず出ると思うが。
仮にそれが真実だったとしても。


「危機を事前に防いだ」人が、英雄として褒め称えられる可能性が極端に低い、ということは間違いない。

1549便の機長がバードストライクの危険性を看過して、今回の危機な状況を招いたかどうかはここではポイントではなく。
彼のような「危機的状況に突入してから英雄的な行為をした人」、だけが英雄になれて。
「そもそも危機的状況を招かないための行為をした」人たちは、決して英雄になることはない。

だれもそんな人の存在さえ、気がつかないだろう。


「ハドソン川の奇跡」の機長が、世界中で英雄扱いされているのを見ると。
本質的に極めて「英雄的」な行為を、人目に触れないところで地味に行っている「報われないかもしれない」人たちの存在に、想いを馳せる。
「報われないかもしれない」という言い方は、正しくないかもしれないが。
少なくとも彼らの顔写真が、全国放送の6時のニュースででかでかと放映されることはないだろう。


そして、金融業界でのコントローラーのような人たちは。
ここでいうところの「報われないかもしれない」人たち、あるいはあまり好きな言い方ではないが、「縁の下の力持ち」で。
彼らがどんなに頑張ったとしても、金融史に彼らの名前が残ることは、まずないだろう。

彼らを見下して、そう言うわけではなく。
本当は、彼らは「危機を事前に防いだ(かもしれない)人たち」で、本来であれば彼らが真の英雄なのかもしれないのに。

人間の認識能力には、限界があって。
フェアな形で、貢献を認識できないこともある。


興奮気味に、あるいは感情的に「ハドソン川の奇跡」を伝える報道を目の当たりにして。
日常的に危機を防いでいるかもしれない人たちに対する扱いと、1549便の機長との扱いが、眩暈がするほど異なることを想い。
後者のみ賞賛されるような世界が続き、前者が本当に報われないのだとすると。
我々は、今回の危機から何も学習することなく。
今後我々の上に降りかかる大きな災厄や危機と呼ばれるものから逃れることは、決して出来ないのではなかろうか。

2008-09-20

政府・日銀は円担保で米国債を貸し出すクロスカレンシーレポを行え

政府・日銀は円担保で米国債を貸し出すクロスカレンシーレポを行え

対岸の火事を見物している、野次馬みたいな気分の人が多いのかもしれないが。


カウンターパーティリスクが怖くて、疑心暗鬼で超短期の取引でもインターバンクで金が回らず。

市場参加者全員が手元流動性を出来るだけ確保しよう、としているので。


手元資金の過不足を金融機関でやりとりする、ドルのインターバンク市場が全く機能していない。


それがどうした、日本と何か関係あるのか、と思うもしれないが。


ここしばらく、日本企業の資金需要は強くなくて国内の貸金業務では儲からなかったメガバンクは。

海外でのローンポートフォリオを拡大させてきた。

というのも、国内貸出業務と違って、格付け対比でのスプレッドも厚く。

また、海外金融機関がサブプライム問題の影響を受けて、貸し渋り始めていたので。

資金需要も旺盛だったからだ。

というか、海外金融機関向けの貸出が一気に伸びた、という言い方が、適切かもしれない。


たとえばMUFGの投資家説明資料 によると。(クリックして拡大)


MUFG国内貸金
ご覧のように、国内は貸出金利、利ざやともに低下傾向。

それを補うように、海外での貸金を増やしてきた。


MUFG
貸出金は2008年3月期に1兆円増えた、というが。

表を見たら分かるが、海外貸出が1兆6千億増えたのが、この1兆円の増加につながっている。

海外貸出の残高は、19兆円強。


SMFG(連結ベース)だと。


SMBC

(2008/3月期決算説明資料P.30より。全文はこちら 。)
海外貸出が、前年度比2兆6千億円増加して、9兆1000億円となっている。


何が言いたいかというと。

邦銀は、国内融資業務の低調さを補うために海外融資を増やしていたが。

ドル資金を調達するインターバンク市場が機能しなくなっているために。

外貨の資金繰りがかなりきわどくなっていて。


また、外貨資金コストが上昇しているために。

高収益だった海外融資業務が、儲からなくなっている。

(むしろ利ざやはマイナスになっているかもしれない。)


通常は、様々な金融機関がドルの過不足を融通しあうインターバンク市場で借りるのだが。

それが出来ないと、円を誰かに貸してドルを代わりに受け取って、決められた期限に円を返してもらってドルを返す、という為替スワップ(FX FWD)で外貨調達する。


この取引はカウンターパーティリスクが伴うので。

また、アメリカの金融機関もドル資金の出し手にはもはやなれないので。

為替スワップの市場も、完全に壊れていて。


だから、日米欧の中央銀行が、通貨スワップ協定に入ったのだ。


日本の銀行、国内の与信ポートフォリオの信用度が原油高等の影響を受けた景気後退で悪化しつつあり。

引当金などの与信費用が増大。

そして、これまで国内資金需要の大きな割合を占めた不動産向け融資が低迷、かつ内容が悪化。

期待していた海外業務も、きわめて難しい状況にあり。


非金利収入も。

シンジケートローンは低迷、投信販売は低迷。


かなり厳しい状況の中、リーマン、AIG、モノライン、国内不動産などなど、様々な与信費用が発生して資本を削られて。

さらに、新BIS規制で、ポートフォリオの内容が悪化すると、必要自己資本額は急激に増大することとなり。


欧州が来年から新BIS規制施行になるため、ただでさえ資本不足なのに資本の奪い合いになることは容易に予想され。


そうなると、当然国内も貸し渋りにならざるを得ない。


不動産価格だけに影響が出ているのではなく。

最近、中古車、特に高級外車の中古車の値段の下がりっぷりが、ひどいんだよね。

クルマ好きの人は気がついているかもしれないけれど。


バランスシート調整には時間がかかる。

取り合えず大恐慌的リスクは後退したかもしれないが。

日本への影響は、ゆっくりと、だが確実に出てくる。


対岸の火事、では済まされず。


政府・日銀は。

外貨準備で持っている米国債を、日本の金融機関にクロスカレンシーレポで貸せばいいのに。


つまり。

日本の金融機関が、円の現金やJGB担保で政府・日銀が保有する米国債を貸してもらって。

その米国債をFEDに持ち込んで、ドル資金を融通してもらって。

低コストで、ドル調達。


日本の金融機関は、収益増大(低利での調達、高利での運用)できるし。

日本の存在感を世界に示す、最大のチャンス。

国益にもかなう。


対テロ特措法とかで世界に貢献するのもありだが。

死蔵されている外貨準備使って、ドルの流動性を供給すると、メガトン級の国際貢献なのだが。

2008-09-16

10年前の出来事

下記の記事、3連休前となっていますが、9月23日の休みの前だと思います。またF氏とは藤巻氏でしょうか。
10年前の出来事

そろそろ出て来ていいですか(笑)?


諸事情により、現時点では今回の件はコメントしにくいので。

10年前に何があったか、書いておく。


ちょうど10年前、9月の3連休前の金曜日の夕方。

当時私は、デリバティブのマーケターだった。

マーケターというのは、デリバティブ商品を開発して、営業に営業したり直接営業したり。

そして約定の際には、リスクポジションを社内でヘッジしにいく、というトレーダーの仕事と一部重複する仕事。


当時はアジア危機、ロシア危機が金融市場を襲い。

日本の金融機関が発行した資本性証券が、70円とか80円とかで取引されていて。

カレンシーベーシスも、超ワイドで。

ジャパンプレミアム、という単語が、新聞記事に踊っていた。


そんな相場でも、連休を控えて若干浮かれ気味に同僚と雑談をしていた7時過ぎ。

東京で一番偉い外人がうちのチームに来て、「絶対に誰一人帰らず、待機せよ。理由は言えない」と言い残して消えた。

これから飲みに出かけよう、と思っていたのに、とみんな文句タラタラだったが。

それなりに心当たるふしがあったので、会議室か何かに隔離されて待機となった。


退屈し始めた、ちょうどその頃。

「今からしばらく後に、エクセルスプレッドシートがEmailで届く。指示はそれから出す」と連絡が入り。


間もなく、1通のメールが我々のチームに転送されてきた。

転送元のメールアドレスは、xxxx@LTCM.com。

ああ、やっぱり、と思ったが。


エクセルシートの中身は、LTCMが持っていた金利商品すべてのポジションが記載されたポジションシートだった。

すべての通貨、すべての金利商品。

国債から、債券先物から、短期金利先物から、スワップから、オプションから、すべて。


指示は、このポジションシートからどれだけのネットポジションをLTCMが持っているか洗い出せ、というもの。

できるだけ急げ、と指示されて、必死になって作業をする。


当時の金利マーケットは、アービトラージの機会が徐々に少なくなりつつあったので。

LTCMが持っていたポジションは、薄利多売。

ということは、グロスのサイズは莫大で。

作業には、相当の時間が。


何でこの作業をしているのか、という疑問が当然にわいてくるのだが。

答えは一つで、今からLTCMが破綻して、その破綻処理を行うのであろう、ということはみんな暗黙の了解となっていた。

当時からLTCMの破綻の噂はあったので、ついに来るべきものが来たか、と思いつつ。


そんな作業を、NY時間の日中に、NYのデリバティブチームを使ってやれば。

市場中にLTCM破綻の噂が広まるのは当然で。

それを防ぐには、時差の都合上東京のチームが一番便利な存在で。


我々以外は、当然に帰宅していて静まりかえっているオフィスで。

東京の連休前の深夜、NYの金曜日の昼すぎになって。

ようやく作業が終わり。

LTCMのリスクポジションの概要がまとまって。


ようやく、仕事から解放された。

すぐには帰ることができず、守秘義務契約への署名とか、データの消去とか、いろいろ細かい作業をしているうちに、日付が変わってから相当の時間が経ち。


自分が歴史的な瞬間に立ち会っている、なんてことは、疲れた頭ではほとんど感じられず。


絶対にトレーディングデータを消去しろ、と何度も念を押されたが。

誘惑に負けて、ネットのポジションを記録したエクセルシートを、私のPCのハードディスクにセーブして帰った。

メールで自宅に送ったりすると絶対ばれそうだったから、ハードディスクだったらばれないだろう、と思い。


で、深夜、というより早朝に帰宅し、そのままニュースをつけると。

LTCM破綻と、複数の証券会社によるポジションの引き受けを報じる緊急報道が。


「そんなのあんたに言われなくても数時間前からわかってたよ」、と思いつつ。

世界で最も早く、そのニュースを知り得た一人であったことに、思いを馳せる間もなく。

そのままベッドに直行。


目覚めて、朝刊を見ると。

でかでかとLTCM破綻の記事が出ていて、ようやく自分が歴史の一部に立ち会ったことを、実感した。


後日談があって。


我々のチームが作ったポジションシートを、当時銀行の支店長だったFさん(最近マスコミでよく目にするFさんです)が目を通してしまい。

その後しばらく、Fさんは金利のトレーディングができなかった。

というのもある意味究極のインサイダー情報を見てしまったことになるわけで。

ほぞをかんで悔しがっていました。

だってマーケットはボラティリティが馬鹿高くて、トレーディングの機会には事欠かなかったので。


私が連休明けに会社に行くと。

いきなり、呼び出しが掛かり。

「なんでお前はポジションシートを完全に消去しなかったんだ」、と、大目玉を食らった。

ばれないだろうと思っていたのだが。

完全に私のPCをスキャンして、見つけ出したらしい。

それも、ネットワーク上のサーバーだけでなく、わざわざ個々のPCまで念入りにスキャンするなんて。


その時から、会社のネットワーク上にはプライバシーは存在しない、ということを肌身に感じて。


ちょっとやばそうなメールは、Bloombergを使うことにしたのだが。

ご存じない方もいらっしゃるかもしれないが。

Bloombergも会社にしっかり監視されているのですよ、実は。


そんなことが、10年前のちょうど今週ありました。


3連休、まるつぶれ。

土日にトレーディングしているところなんて見たの、初めてだよ。

それも、日曜日の23時59分までにChapter11申請しなければキャンセルになる、というContingentな取引。

結局ファイリングは月曜日になっちゃって。

トレーダーたちは、オレの週末返せ、って思ったはず。