2006-02-26

My Trading Life (28)

この世の中で生きていく上で、金は何よりも大切なものであるはずなのに、人は、金のことになると、愚かで浅ましい選択をすることがある。大きなリスクをかけて、ギャンブルすることを躊躇わない。そして僕自身もその例外ではないのかもしれない。

丸善相場が一段落した2001年のはじめ、清春氏は「草笛」とハンドル名を変えた。もっとも彼のやっていることは、その前後で何一つ変わったわけではないのだから、これからもこの回顧録では彼のことは、清春氏、あるいは草笛こと清春氏と呼ぼうと思う。

東洋エンジ以降の数ヶ月間、草笛こと清春氏が掲示板で推奨する銘柄はどれもこれも、気味が悪いくらい上昇した。

前場の中ごろに、突然、清春氏によって、名前も聞いたことのない銘柄が、推奨銘柄と称して『売り専』の掲示板に書き込まれる。軍国主義風のアナクロな口調での買い煽りの発言が矢継ぎ早に並び、清春氏の取り巻きたちが、清春氏の口調を真似た書き込みでそれに応える。株価はそれを合図にするかのように、もの凄い勢いで上昇を初め、大引けでは数十円高で引ける。

その日の夜の掲示板は祭りのようだ。清春氏とその取り巻きたちとの勝ち誇った有頂天の書き込みで『売り専』は埋め尽くされる。

翌日、ザラ場を見ることが出来ないで夜に「推奨銘柄」を知ったサラリーマン投資家や、半信半疑の目で掲示板を眺めていた者たちや、さらには、チャートを見て急騰を知った投資家たちの買いが入り、さらに株価は上昇していく。『売り専』では、途方もない高値の目標株価が囁かれはじめ、そして、それまで掲示板で書き込んだことのない者たちが「はじめまして」「買いました」などのタイトルで掲示板で書き込みを始める。

途中で大きく調整の場面があると、今度は、清春氏たちを揶揄する人たちの書き込みが掲示板に雨後の竹の子のごとく並び、それに対して清春氏の取り巻きたちが反論を加え、やがて掲示板は戦場のようになっていく。そして、株式投資とは「売り方と買い方」「零細個人投資家と悪徳機関投資家」との戦いであるかのような情報操作がなされていく。

戦場となってしまった掲示板で、清春氏擁護の発言をしてしまったものは、「買い方」としての仲間意識を持ってしまう。そして、高値で売り抜けることに「心理的な疚しさ」を感じてしまう。高値で冷静に売り抜けるのは、本尊だけであり、彼はまた、次の銘柄の買い煽りを始める。最後に飛び込んできた者たちは、高値で掴まされ逃げることも出来ずに、やがて姿を消していく、掲示板から、そしておそらくは株式市場からも。

掲示板の書き込みから伺われるのはそうしたことである。

ただ、背後にあったのはそれだけではなかったようだ。

清春氏を中心に投資グループのような組織が作られつつあり、幹部と呼ばれる清春氏の側近たちがいた。そしてのちに明らかになるのだが、会費を払って情報を先にもらっている「会員」もいた。掲示板での書き込みだけではなく、電話やメールでのやりとりも活発になっていたようだった。

買い煽りのさなかに、突然、浜崎あゆみや倉木麻衣のヒット曲の歌詞が、フルコーラス掲載されたりすることがあった。あらかじめテキストファイルで作ってあったものをコピー&ペーストで貼り付けているのだろうが、あれは、会員たちに向けた「売れ」の合図だったんじゃないのかと僕は疑っている。

チャートを見ると、さらに別のことが分かる。株価は推奨の日に突然吹き上げるのだが、推奨の数日前からぼちぼち買いが入り始め、じりじりと上昇を続けていることが分かる。まず、本尊は少しずつ仕込みを初め、そして、幹部や会員に買わせ、そうした買いが、だんだん大きくなって、そろそろ吹き上げるぞというタイミングに合わせて、掲示板で買い煽りを始め、相場を作っていったのだ。



そして、うまく利用すれば、清春氏の推奨銘柄は面白いほどよく儲かった。

その前年、ストイックに投資技術を磨いていったことが、まるでばかばかしく思えるくらいに簡単に資産が増えていった。ロスカットもいらないし、チャート分析も必要ない。清春氏の買い煽りが始まった翌日くらいに買いを入れ、煽りが激しくなり、ザラ場中に突然、倉木麻衣の歌詞が掲載される頃に、ばっさり売り切ってしまう。それだけで数日で2割3割の儲けは軽かった。

いい加減なタイミングで提灯を付けていた僕でも、この時期、清春氏の推奨銘柄で数百万儲けたのだから、清春氏本人、そして、清春氏の取り巻きの幹部たちは、数倍に資金を膨らませたことだろう。

そして、その潤沢な資金は、ある大きな相場でぶつけられることになる。



草笛こと清春氏が石井鉄工所の買い煽りを始めた瞬間は、他の銘柄の時とまったく違っていた。前場の途中で突然始まる狂ったような買い煽りではなく、深夜の長い書き込みの中で、突然、前後の文脈と関係なく、その名前が出てきたのである。

掲示板巡回ソフトで当時の過去ログはある程度保存してあるのだが、草笛こと清春氏が最初に石井鉄工所の名前を掲示板に書き込んだのは05月18日、0:13と深夜のタイムスタンプの付いた「信じる者だけが救われる」という長文の書き込みの中だということが分かる。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【タイトル】信じる者だけが救われる
【 日時 】01/05/18 0:13
【 発言者 】草笛

(前略)

僕は今後も銘柄の推奨中心に投稿いたします。当たっても何の得もなく、外れれば雨あら
れの非難を浴びる精神苦行の道でございますが、自分の心を磨き、世の中の縮小貧乏に泣
く人々に一縷の希望の光をお届けできれば、それにすぐる幸せはございません。何も求め
ない、ただひたすらに与えつづけることこそ究極の愛、真心、悟りの世界でございます。

6362石井鉄工所193円。この株は有望です。絶好の釣り場になるでしょう。
釣り糸を垂らすのは、あなたです。釣り竿は安物でも、十分釣れることで
しょう。あなたのクーラーボックスが大漁ではちきれんばかりになるシーンが目に浮かび
ます。心に曇りのない者、信じる美しい心を持つ者だけが救われるのでございます。
千手観音様のように千の手で幸せを思いのまま、掴み取りしてくださいませ。

草笛はたとえ荒野の雑草の中に憤死して、自らの生を人知れず終わるとも
心はいつも縮小貧乏に泣く人とともにあります
あなたは決して一人ぼっちではない。売り専1万人の仲間があなたを見守っています
僕がもしもこの世界から消え果てても、聖戦を戦い続ける勇者がきっと再来する信じています

(後略)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

まあ、何とも調子の良い、いかにも詐欺師然とした、あまりにも怪しい口調の書き込みだが、こんな書き込みに乗せられる奴らが居るというのは、当時もまったく理解できなかったが、今読み返しても理解できない。騙されるのが好きな人がいるとしか思えない。半年後、投資家達の大虐殺のようなフィナーレがおとずれる。「信じる者だけが救われる」のではなく、信じた者たちは皆破滅したのだ。そのことを知っているだけに、このあまりに軽い言葉は今読み返すとちょっと寒気がするほどだ。

もっとも、この発言を初めて読んだ時は、「えっ、石井鉄工所って、それ何?」と非常に不思議な感じがした。当時、清春氏は石川製作所という銘柄の買い煽りをやっていたので、銘柄を間違えて書いたんだろうかというのが第一印象だった。清春氏の推奨銘柄は、いつもはとりあえず1,000株買ってみたのだが、このときはすぐには買わなかったと思う。

翌日から、石井鉄工所は、上昇を始めた。ただ、当初は出来高が少なく、「草笛が一人で買っているんじゃないのか」という揶揄する発言も巡回ソフトの中に残っている。


そして、突然、掲示板の空気が変わった。

それまでは、草笛こと清春信者というのは、ネットで自然発生的に集った投資家たちの集団だった。ネットの外の仕手集団や解体屋とのつながりが噂されたことはあったが、少なくともネットでの書き込みに彼らの気配は感じられなかった。ところが、石井鉄工所の相場の時は、明らかに質の違った人たちが突然大量に入り込んできた。まったく見覚えのないハンドルで、口調も清春氏に瓜二つの軍国主義調の書き込みが、これまでの数倍の量で書き込まれ、掲示板の過去ログはもの凄い勢いで消費されていった。もはや、掲示板は議論や話し合いの場ではなくなっていった。

確かなことは分からないが、だいたいは想像がつく。おそらく、清春氏とつながりのある何らかの投資グループが、個人投資家の財布を狙ってネットに飛び込んできたのだ。そうした仕手たちは、煽るだけ煽り、100円、200円の利益を掴んで去っていった。

そして、正気をなくした個人投資家たちが取り残された。

株価は大きく乱高下を始めた。清春氏の取り巻き達とそれを揶揄する者たちの、言葉のやりとりはだんだんエスカレートしていった。

当時の、掲示板の雰囲気を示す書き込みを2つほど載せてみよう。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【タイトル】俺はとことん行くぜ
【 日時 】01/06/05 13:45

まさかの下げだが、こんなとこでびびっていたら敵の思う壺だ。
俺はどんどん買ってるぜ。 汚い売り屋には絶対に負けないよ。こんなに期待できる株は無い
こんなところで売るくらいなら、この株は最初から買わない。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【タイトル】同志達よ
【 日時 】01/05/29 19:28

俺は、金儲けのために石井鐵工に関わったのではない。約25年程前に株式市場に関わって以来、常に零細個人投資家は冷や飯を食わされてきた。行政すらも産業界の保護はするが零細個人投資家は相手にしなかった。こんなことで民主主義国家といえるのか、と何度叫んだことか。
石井鐵工は、個人投資家の存在証明と受け止めている。金が儲かったとしてもそれは結果に過ぎない。目的は、個人投資家の解放にある。幸いネットによって、従来一部の権力者しかもてなかった情報をやつらと対等に、しかも時間的誤差もなく入手することが出来るようになった。ネットが、第3の波の革命ツールであるとすれば、石井鐵工はこれまでいいように踏みにじられてきた個人投資家による、既成の体制化でぬくぬくと利権に浸っている豚どもへの挑戦状であり、怒れる庶民の市民革命である。

同志達に告ぐ、俺には勝つ確信がある。共に立ち上がろうじゃないか!!
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

まるで、革命前夜である。(^_^;)

あえて、投稿者の名前は外したが、これらの書き込みをしたのは、石井鉄工所の相場で、いわゆる「石井戦士」として戦い、数百万、もしかしたら数千万単位の大損をして、その後やがて清春氏批判に転じた者たちである。

「敵」とはいったい誰のことなんだろう。「汚い売り屋」とはいったい誰のことなんだろう。冷静に考えたら、そんなものはどこにもいないのだ。確かに「汚い売り屋」は敵かもしれないが、「同士達」も実は敵なのである。いや、「汚い売り屋」は株価急騰で踏みあげの買いを入れてくれる心強い味方なのかもしれない。同士達こそ実は、相手を出し抜いて売り逃げることで利益を得ようとしている敵なのだ。

清春氏の最大の問題は、買い煽りということよりも、「戦争の比喩で相場について語ること」にあると思う。株式相場は、買い方と売り方の戦いではないし、個人投資家と機関投資家の戦いでもない。買い方は同士ではない。売り方は敵ではない。個人投資家は、皆、たった一人で、株式市場という大きな戦場で戦い続ける孤独な兵士だ。不十分な知識と貧弱な武器を抱えて、暗闇の中、戦い続ける孤独な少年兵である。

ここまで書いてきて、ふと思ったのだが、株式投資の経験がまだ1年2年の投資家は、もしかしたら上の2つの発言の投稿者の心理状態をまったく理解できないかもしれない。わずか5年前のことである。この5年間で、投資家のメンタリティーは大きく変わったと思う。

あの頃、1年前のITバブルの崩壊はまだ生々しい記憶として残っていたし、当時、株をいじっている者は、1990年のバブル崩壊の生き残りが多かった。かろうじて生き残って来たものの、皆、深い傷を負っていた。「株式市場で自分たちは長い間騙され続けてきた」という被害者意識は、当時の多くの個人投資家が共有していた。自分たちは株式市場や国の証券行政や外国人投資家に騙され、翻弄されたという怨念の気持ちを、多くの投資家が持っていたのだ。

清春氏の書き込みは、そうした人たちにとても心地よく、そして勇ましいものに響いたのである。ネットの力はまだ未知数だった。ネットで個人投資家が結集して、大相場を作る。そんな妄想が多くの投資家には魅力的に響いた。「石井鉄工所の相場で個人投資家のリベンジだ」という主張が受け入れられる土壌はあったのだ。

しかし、ネットにそんな大きな力はなかった。「売り専1万人の仲間」と清春氏の書き込みにあるが、当時、株式関係の掲示板で最もアクティブな掲示板であった『売り専』ですら、一日のアクセス数は1万ほどでしかなかった。しょせんコップの中の嵐でしかなかったことはのちに明らかになる。

さて、最後に、この頃の僕自身の書き込みをひとつ貼ってみましょうか。

このタイムスタンプの05月30日には、僕のHDDには100あまりの発言が残っているが、その中でまともに対話が成立しているのは、僕と奇術師さんのレスのやりとりだけである。それ以外は、血なまぐさい戦争の比喩で、石井鉄工所という相場での戦いについて、上に引用したような狂った妄想の言葉が並んでいる。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【タイトル】こんばんは
【 日時 】01/05/30 0:23

奇術師さんへ

>ノイズが多いのはしょうがないですね、ははは (^^;

市街戦が繰り広げられる内戦の街のカフェで、時々飛んでくる弾丸やら、聞こえてくる爆
音やらに首をすくめながら、悠然と紅茶をすすって議論しているような気分。まあ、これ
はこれで、面白いですけどね。こうなりゃ、閉店の時間まで粘ってやるぞと、僕は覚悟を
決めました。(笑)

しっかし、相場って、売り方と買い方のバトルじゃないと思うんだけどなぁ...。

結局、大事なのは...

1.リスク管理を慎重に行うこと
2.自分の心理状態をコントロールして、衝動的なトレードを極力控えること
3.自分に相性のいい銘柄を見つけること

ということに尽きると僕は思いますけどね。まあ、いろんな投資のやり方があるのだとは
思いますけど。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

今読み返してみると、なんというか、そろそろ投資スタンスが固まりつつあるなあというのが、自分でも分かって、とても嬉しいし懐かしい。奇術師さんに心酔しつつ、一方で清春氏とは微妙に距離を置きながらも学べるところは学び、1年あまり『売り専』の掲示板を読み、考え、そして時々書き込みをしながら、僕は徐々に投資スキルを身につけていったのだと思う。

しっかしなあ。。。

1日100発言のうち、ほとんど全てが上で引用した「同志達よ」や「俺はとことん行くぜ」のような、何かに取り憑かれたような、熱でうなされたような、戦争や革命のレトリックを使った狂気の言葉たちで、そのなかにぽつんとひとつ、僕のこんな発言が取り残され、もちろんレスもまったく付かない状態で放置されているわけです。そんな掲示板って、想像できますか。(^_^;)

0 件のコメント:

コメントを投稿