2009-04-19

希望を捨てる勇気

希望を捨てる勇気 - 池田信夫 blog
昨今の経済状況をめぐる議論で、だれもが疑わない前提がある。それはこの不況が、いずれは終わるということだ。日本経済にはもっと実力があるので、政府が景気対策で「GDPギャップ」を埋めて時間を稼いでいれば、「全治3年」で3%ぐらいの成長率に戻る――と麻生首相は信じているのかもしれないが、昨年の経済財政白書は次の図のような暗い未来像を描いている:


これは秋以降の経済危機の前の予測だから潜在成長率は1%弱だが、今はマイナスになっている可能性もある。90年代の「失われた10年」と現在はつながっており、そしてこの長期停滞には終わりがないかもしれないのだ。これを打開するには、生産性(TFP)を上げるしかない。特に雇用を流動化して労働の再配分を行なう必要があるが、それには非常に抵抗が強い。日本の産業構造が老朽化しており、これを再編しないと衰退する、と多くの人が90年代から警告してきた。20年間できなかったことが、これから数年でできるとは思えない。政治家にも、与野党ともにそういう問題意識さえない。

こういう状況は若者の意識にあらわれている、と城繁幸氏はいう。それは「希望のなさ」だ。かつては誰にでもチャンスはあり、一生懸命働けば報われるという希望があったが、もう椅子取りゲームの音楽は終わった。いま正社員という椅子に座っている老人はずっとそれにしがみつき、そこからあぶれた若者は一生フリーターとして漂流するしかない。だから彼らは意外に「正社員になりたい」という願望をもっていない。気楽なフリーターに順応すれば固定費も少なく、それなりに生活できるからだ。

この状況から「派遣村」のように労働組合と連帯しようという方向と、赤木智弘氏のように「戦争」を求める方向の二つにわかれる。前者のほうが建設的にみえるが、実はその先には何もない。彼らが連帯を求めている労組は、椅子にしがみついている人々だから、同情して仮設住宅を世話してくれるが、決して席を空けてはくれないのだ。この椅子取りゲーム自体をひっくり返すしかない、という赤木氏のアナーキーのほうが本質をとらえている。

しかし残念ながら、若者にはその力はない。かつてのマルクス主義のような、彼らを駆り立てる「大きな物語」が失われてしまったからだ。こうして実社会の共同体から排除された若者は、仮想空間で共同体を築く。「2ちゃんねる」に見られるのは、似たもの同士で集まり、異質なものを「村八分」で排除することに快楽を見出す、ほとんどステレオタイプなまでに古い日本人の姿だ。世界のどこにも見られない、この巨大な負のエネルギーの中には、実社会で闘うことをあきらめた若者の姿がみえる。

これから始まる長期停滞においては、少子化とあいまって、ほぼゼロが自然な成長率になるだろう。こんな狭い国に1億3000万人も住んでいるのは多すぎるので、少子化は悪いことではない。しかし椅子にしがみついた老人たちは、退場するとともに椅子も持ち去り、将来世代には巨額の政府債務とマイナスの年金給付だけが残る。

こういう将来を合理的に予測すれば、それに適応して生活を切り詰め、質実で「地球にやさしい」生活ができる。日本は現在の欧州のように落ち着いた、しかし格差の固定された階級社会になるだろう。ほとんどの文明は、そのようにして成熟したのだ。「明日は今日よりよくなる」という希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる。

> 城氏もいうように、若者は「希望がないが絶望してはいない」。世界的にみれば絶対的な生活水準はまだ高く、今のところは父親の世代に寄生できるからです。しかし団塊の世代が年金生活に入ると、この「宿主」の所得にも限りがあります。そして宿主を失った「高齢フリーター」には、技能も所得もコミュニティもない。彼らが中年のコア世代の多数派になったとき、日本社会の姿はかなり変わるでしょう。
> だから10年以内に、もっとはっきりした形で破局が来るような気がします。大きなマイナス成長が続いてトヨタぐらいの大企業が倒産し、だれもが「このままではだめだ」と気づかないかぎり、現状を変えるエネルギーは出てこない。まだ絶望が足りないのです。

> 戦後の日本の成長率をみると、50年代から成長率が上がって60年代に年率10%以上の成長率を記録し、その後(70年代を除くと)ゆるやかに成長率が減速するS字型のロジスティック曲線になっています。今はその最後の「高原状態」で、生態学のモデルでは後は落ちるしかない。
> 長期停滞は、新古典派成長理論などでも想定されている「収穫逓減」で、きわめて当たり前のことが起こっているのです。これを打破するためには、生産関数そのものを変える「創造的破壊」しかない。アメリカも80年代には長期停滞に入ったといわれ、"The Rise and Fall of Great Powers"などという本がベストセラーになりましたが、90年代に立ち直った。それはIT産業という、80年代までとは異なる生産関数が登場したからです。
> だから日本が立ち直れるチャンスがあるとすれば、収穫逓減期に入った「日本型」の生産関数を変えるしかないが、そういう転換に成功した国は少ない。アメリカは歴史を背負っていないためにそういう転換がしやすい例外的な国です。それ以外ではイギリスぐらいでしょうが、これも衰退期に入ってからサッチャー政権までに50年以上かかった。日本はまだ20年だから、変化はかなり先でしょうね。その前に財政破綻とかハイパーインフレとか、破局的な形で滅亡するかもしれない。

> 図をみると、少子化(労働投入)の減少が成長率低下の最大の原因のように見えますが、これはGDPにとっては本質的ではありません。一人当たりにすれば成長率はもっと上がるし、TFPが上がればGDPは上がります。
> 問題は所得分配で、年齢構成が逆ピラミッドになると、現役世代の負担が耐えられなくなる。この限界も、20年以内には来るでしょう。

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