2008-11-08

悲しきすれ違い

悲しきすれ違い

先日古くからの友人達と飲む機会があって昔の話になった。 もうずいぶん前のことになるが、私があるトレードセミナーで話をしたときのこと、その時の参加者の方は300人以上はいたのだが、「ほとんどの方にとっては土屋さんの話はチンプンカンプンで、唯一手を叩いて喜んでいたのはトレーダー仲間のヤギさんだけだった」ということを、その中の一人の方が話してくれた。 

たしかにそのセミナーのことは私もよく覚えていて、受講者の方の反応がまったくなくてとても困ったのである。 私としてはせっかく大勢の方においでいただいたのだからトレードに普遍的に役に立つ話をしたつもりなのだが、みなさんがきょとんとしているのを見て、「ああ、もう自分の話を聞いて喜んでくれるのはもうヤギ氏だけになってしまったのか。」とさびしく思ったものだ。 

セミナー後の打ち上げの席では、ヤギ氏から「今日はとてもいいことを聞いた」と感謝され、「こんなことは黙っていて自分だけで使えばいいのに」と言われた。 優れたトレーダーである彼に自分の話を理解し評価してもらえることは非常にうれしいことである。 だが同時にそれは、私の話はほとんどの人にとって関心がない内容であることをも意味している。

ちょうどそのころ、別の方が講師をされたトレードセミナーを傍聴したことがあった。 その時に少しトラブルが発生したのだ。 その講師はRSIとかADXとかを使った逆張りのトレードを解説していたのだが、売買の閾値(例えばRSIで20とか80とか)がテキストに明記されていなかったことに対し、少なからぬ受講者の方たちが怒って騒ぎ始めたのだ。

彼らのクレームによると、なんでも「この20だの80だのの数字が「魔法の数字」であるのに、講師はそれを秘密にしたいがためにテキストに書かなかった、これは大変ケシカランことだ」とのことで、皆大変な剣幕で怒り、血相を変えて主催者に詰め寄っていた。

私はそれを横で見ていて大変不思議な気分になった。 理由は二つあって、ひとつ目はその講師の解説している手法が実際には全く役に立たないことを私が知っていたこと。 そして二つ目はその20だの80だのの数値には何の意味もないことを私が知っていたからである。 だから、私にとってはそんな数字などどうでもよいものだったのだ。

そして、受講者の方が怒りだすまでは、そんなことは誰でも知っていることだと私は思っていたので、なぜ大勢の人が「魔法の数字を秘匿しようとするのは許せない」と息巻くのかが不思議でしかたがなかった。 だが、少なからぬお金を払ってセミナーを聞きに来ている彼らにとってはそれが何より重要なことだったのだ。

これらのことが立て続けにおこったことで、私は当時やっと個人投資家の方の本当のニーズを少し理解した。 彼らにとってトレードは儲けるためにやるのではなくて、レジャーであり、それにまつわること例えばセミナーに行ったり投資雑誌を読んだりするのはエンターテイメントなのだと。 例によって念のために書いておくが、これは決して個人投資家の方を馬鹿にしているのではない。 儲けるためにトレードをおこなう個人投資家の方もいることは十分知っている。 だが、残念ながらそういった方は現実的には少数派なのだ。

それから数年後に、ある個人投資家の間で売れっ子の評論家(この方はこういった個人投資家相手の相場評論家としては、正直でとてもまっとうな人である)と話したときに、彼が私の理解と似たようなことを言っていた。 彼曰く「ほとんどの個人投資家は儲けることになど本当は全然関心がないんですよ。 彼らにとって相場は楽しみのためにやるマージャンやパチンコ、競馬と同じものなのです。 だから彼らに面白おかしい材料を次々と提供するのが私の仕事です。」 少し悲しいものの見方だが、彼の言っていることが真実に近いのであろう。

さて、私は件のセミナー以来、しばらく人前で話をするのを止めた。 私にはエンターテイメントを提供することはできないし、このブログの読者の方にはお分かりの通り、自分の考えを素のまま見せれば、結局のところほとんど誰も理解しない、喜ばない結果になってしまう。 だから私のセミナーが面白くないのはある程度当然なのだ(>_<)。 「つまらない」と評価されるのはむしろあたりまえかもしれない(笑)。
 
 
 
 
なぜ、長々とこんなことを書いたかというと、もうしばらく前になるが、このブログを読んでいただいているある出版社の方から「トレード本を出しませんか?」というお誘いを受けたことがあるのだ。 そういった声を掛けていただいて大変うれしく思ったし、ありがたいことだなと今でも感じます。 しかし長いことその話は私がお返事を差し上げないままでいた。 失礼をしてしまってすみません。 

ですが、残念ながらやはり私には一般投資家むけのトレード本の執筆は無理なようです。 私が提供できるもの、つまり私がトレードにおいて役に立つと思うものと、一般投資家の方が求めるもの、つまり読んで面白いと喜んでもらえるものとの間には、あまりにも違いがありすぎます。 それは悲しいことですが大きく乗り越えがたい乖離です。 もし出版していただいても、私が身内に20部ほど配っておしまいでちっとも売れない書籍(不良在庫)になること間違いないでしょう。 

従って、私の書くトレード本はそれを承知であえて出しても良いと考える奇特な出版社からしかでないことになりそうです(^^;)。

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