2008-10-09

相手のことを良く調べれば攻略は容易になる

<異なったゲームをするということ>
異なったゲームをするということ(1) 受験戦争_編
異なったゲームをするということ(2) 竹内教授の示唆_編
異なったゲームをするということ(3) 「ドラゴン桜」の真実_編
異なったゲームをするということ(4) 一般には受け入れがたい事実_編
異なったゲームをするということ(5) 小よく大を制す。奇襲を成功させるには_編

「否定の否定」
王様は裸だ!...否定の否定の原則

機関投資家の運用の概略について知っておくとよい 私は以前に「機関投資家の運用の概略について知っておくとよい」と書きました。 それは個人投資家の方が単に運用に関する初歩的な知識がないと、しなくても良い誤解をしてしまうことがあるからです。

ここに個人投資家のあいだで人気の(あるいは人気があった)ある売買手法があります。 そして、それに関してしばらく前からこんなことが言われています。 「○○さんが書籍に書いたから(△△さんが、ブログなどで書いたから)、多くの人が使うようになって、この手法は通用しなくなった。」 「相場つきが××になったから、機能しない。」 「それに関する商材がたくさん出回ったから、儲からなくなった」

これらは全部誤解です。 なぜなら、その手法の本質的な有効性は以前から全く変わってはいないからです。 私のモデルによるバックテストの損益曲線を描くと、まるでモノサシで線を引いたように、その手法は以前も今も同じように機能しています。 ではなぜ個人投資家の間で上記のような誤解が生じたのでしょう? それは、巷に流布しているデフォルトのルールにはある処理が欠けているからなのです。 そしてその処理は特殊なものではありません。 機関投資家であれば当たり前のように自然に誰でもそうするような簡単な処理です。 だから私は上記のような誤解を聞いてビックリしてしまうのです。(ちなみに、これは決して個人投資家をバカにしているわけではありませんので、念のため)

しかし考えてみれば、そういったことは個人投資家であれば、証券アナリストの資格試験の勉強をした人や、データマイニングの技術をもった人でもなければ、自然に任せていればなかなか気付かないことなのです。 これは「経験を積めばわかる」とか「見て覚える」とかいった類のものではありません。 

だから、個人投資家である我々は自分自身で能動的にそれらに関して勉強しなくてはいけないのです。 このように、マーケットを動かしている主体、例えば機関投資家の運用について簡単にでも把握しておくことは、そこでトレードする人間であれば個人投資家であっても不可欠な事項です。 「そんな必要はない、真実は単純だからだ」とか「機関投資家の運用は下手だから考慮する必要はない」などというのは傲慢な考えた方です。

ですが、そういったことが一般向けに解説される機会は普段はほとんどありません。 それはネット上でも非常に限られています。 なぜなら、まず①機関投資家の人間はほとんどネット上に出てこない、それに出てくる場合でも、②本人にとってはそれは当たり前のことで、それに価値があることだとは全く認識していないのです。 さらに、③そんなことを書いても一般投資家には非常につまらないがゆえに全く反応がなく、そのうちあえて誰も書こうとしなくなってしまうからです。 

また、たまに熱心に書いてあるサイトやブログがあったかと思うと、おそらく一般の人には書いてある内容が理解できないせいでしょうか、とんでもない言いがかりや中傷にさらされていることが多々見受けられます。  これまでにも多くのブログが閉鎖されたり、掲示板が非公開になったりしてきました。きっと「理解できない → だからそれは間違っている」という理屈なのでしょう。 これでは志ある人も次第にゲンナリしてネット社会を去ってしまうのもしかたがありません。

そして「機関投資家の運用能力は個人投資家よりも実は低い」という物言いは、一部の個人投資家、とくに何も知らない初心者にとってはある種心地よく聞こえるのかもしれません。 しかし、それは完全に間違っています。 もともとも目的も与えられている条件も違うもの同士を比較すること自体変なのですが、仮に「絶対リターンを稼ぎ出す能力」だけに特化して、まったく拘束条件ナシに両者を戦わせたならば、個人投資家は機関投資家に絶対にかないません。 絶対に絶対にです。

ただ、「技術の高い個人投資家の運用能力は、平均的な機関投資家を凌駕している」ことは真実ですし、現実問題として、機関投資家において絶対リターンを目的とした運用が少数派である以上、みかけの運用能力が低いように見えるということがあるだけなのです。

そしてどういても知っておく必要があることに絞れば知っておくべきことは実はそれほど多くはないのです。 もちろん拘ればきりがありませんが、手始めに先日挙げた書籍や、以前にも推奨した「金融マーケット予測ハンドブック」などの定番の教科書を何冊か読んでおけばとりあえずはよいでしょう。

その意味では、相場にかける時間の一部を割いて、アカデミックな勉強をすることはとても意味のあることなのです。 最初はとてもつまらなく思えるでしょうが、必ずその労力は報われると思います。 その努力を払った人だけが、他の人が絶対に超えることのできなかった壁をやすやすと超えることができるのです。 学校の勉強も手を抜かず頑張ってください。


この書籍は「予測」という文字がタイトルに入っているけれども、内容のほとんどはグローバルな為替や金利の市場に関わる経済統計の理解や整理の方法について割かれている。 各市場の簡単な歴史的経緯なども掲載されていて、門外漢にはそれなりに勉強になる。 熟読して面白い本ではないが、ニュース等を見てわからないことがあったときに、辞書代わりに参照するには便利な書籍である。
蛇足だが、この書籍の後ろの方に、「テク二力ル分析」に関する章があって、結構なページ数がそれに割かれている。 そして「テク二力ル分析はどんな市場にも適用可能である」なんて記載まであるが、中身は結構笑える。 この銀行が市場予測にテク二力ル分析を使っているなんて話はまったく聞いたことがないのだが...(笑)。

もちろん私もセルサイドの情報全てが間違っていると言っているわけではない。 現に野村の金融工学研究センターから出てくるレポートは毎回楽しみにしているし、それ以外にもモルガンの神山氏がゴールドマンにいた頃のレポートは欠かさず読んでいた。 だから私の知らないレポートの中にも読むべきものが数%くらいの比率ではあるのだろうと思う。

「ヘッジファンドの売買技術」という書籍がある。 これはいわゆるシステムトレーダーの方であれば非常に興味をもち、かつ高く評価するであろう書籍である。

もちろん、私もこの「ヘッジファンドの売買技術」を高く評価するのにやぶさかではない。 だが、評価のポイントはおそらく全然異なるであろう。 私はこの本に書かれている内容の99.9%にはほとんど価値がないと思っている。 価値があると考えるのは2,3行の記述だけである。

だが、その2,3行の記述は非常に高い価値がある。 それくらい重要なことが書いてあるのである。 私の知る限り洋の東西を問わず、「それ」について記述してあるのはおそらく「ヘッジファンドの売買技術」だけである。 他ではまったく見たことがない。 だから、99.9%にはほとんど価値がないものの、その2,3行だけで十分に価値がある相場書だと思うわけだ。

しかし、少なからぬ数の方にとっては、その2,3行を価値があると認識することはあまりないかもしれない。 その場合は当然99.9%の部分のみに目が行って、評価は低くなることもありうる。 当然のことだ。 役に立たないほとんどの部分を読んで評価を下すのならば、駄本と認識されてもしかたがあるまい。 私も件の2,3行がなければそう断じたかもしれない。 このように、相場書の評価は読み手の立場によって極端に変わることもありえるのである。 

従って、私は「ヘッジファンドの売買技術」を多くの方には勧めない。 ほとんどの人にとっては読んでも全然意味がないからだ。 これまでにもごくわずかの人に対して勧めたことがあるだけだ。 これらの人たちは、自分でどこが役に立つか理解できると思ったから勧めたまでである。

なお、蛇足ながら「ヘッジファンドの売買技術」の価値ある2,3行は、著者の考えを述べた箇所ではない。 興味のあるかたは探してみてください。

なお、バリュエーション関連の指標をも含んだ指標全体の優劣に関しては、下記に参考書籍を挙げておく。 これら2冊は株式の個別銘柄のトレード・投資を行う人は必ず読んでおくべき書籍だと思っている。


統計学を「使える」レベルにまでするということがどういうものか。
これは看護婦の方が書いた統計学の書籍だ。 ここに出てくるのは、ほんとうに初歩的なものばかりだ。 しかし、著者らはこれを文字通り自分のものとして使いこなしていて、素晴らしい! 


だが、個人的にはこの書籍の価値は、個人投資家が相場を張る対象としてのアセットクラスを選ぶ際の優れた参考書になるのではないかと思っている。
本書には、今後ににぎわうであろう漁場(マーケット)はどこかをうらなうにあたって役にたつ知見が述べられていると思う。


これは日本流の「誠意」が米国企業を相手のビジネスにおいてはまったく通用せず、むしろ時によっては怠慢や偽善と捉えられかねないことの危険性を指摘している。 私はこれを学生の頃に読んで、その文化的なギャップの大きさに驚き、そして、かの地のビジネス習慣があまりにドライであることに反発すら覚えたが、いま振り返って考えてみると、この書籍の主張は完全に正しく、むしろ控えめなくらいであろう。 それがグローバルに支配的なルールなら従わねばならない。 私はそこに書いてある行き違いを身をもって体験し、自らの不明を知ることになったわけだ(ToT)。
だが、そういった機会でもなければ、なぜ文化の違う相手に日本流の常識が通じないのかを理解することは難しいかも知れない。 私はその後、ドメスティックな仕事に従事したために、この手のギャップを目の当たりにすることはほとんどなかったが、1年前ほどから以前と同じような国際間取引の仕事に戻ってみて、日本人のビジネス上のメンタリティが20年前と全く変わっていないことを知った。 私の周囲を見てみると、トラブルのかなりの部分は、文化的な習慣の違いに起因している。 
例えば、欧米の取引先は最初から具体的で明快な話をするのに対し、日本側はいつまでたっても肝心なことを言わないのだ! そのくせ「雰囲気で察してもらいたい」とか「何も言わなくても、こっちが客なんだから察して動いて欲しい」などとワケワカランことを言っている。ううっ(>_<)。
こうしてお互いにその「常識」が違うものだから、行き違いがあちこちで発生し、両者とも不満や不信感を募らせることになる。 日本側は相手を「誠意がない」とみなし、海外の契約先は日本側を「自分の意思を示さないで不満ばかり言って、わけがわからん」とみなしているのが、横で見ていると手に取るようにわかるのだが、いかんともしがたい。

AHPはAnalytic Hierarchy Processの略で、階層構造に基づく分析法の1種である。 一般に物事の意思決定は一つの変数に基づいて行なわれるわけではなく、さまざまな判断基準にもとづき、かつそれぞれは相反する要素をもっていたり、コバリアンスがあったりするのが普通だ。 こういった複雑な環境下で合理的な意思決定を下そうとするアプローチの一つがAHPである。

AHPそのものは、20年前はまだほとんどの分野で応用がなされておらず目新しかったものの、いまでは枯れた技術になっており、解説書もたくさん出ている。 だが、当時はほとんど日本語での書籍はなかったので、上記の本を読んで基礎的な知識を得た。(なのでこの書籍が現在でも最も良いAHP解説書であるというわけではないので、念のため)

トレードシステムを構築するプロセスにおいて、どんな変数をどのように組み合わせていくのかについては、いわゆる「システムトレード本」には全く載っていないので、他の理論書で学ぶしかない。 AHPもその意味では研究に値する分野だと思う。

大変多くの示唆に富む内容だし、株式評論家の書くものとは明らかに異なっている。
当時の一般常識(?)に照らせば、非常識な本だった。 だからとても気に入ったのだと思う。
だが、トレードに役に立ったという意味では、相場書ではないけれど、日科技連から出ている大村平氏の一連の著作が良かったと思う。 当時は新しい著作が出るたびにすぐに買い求めて読んだ。 書店に並んでその日のうちに読破して、記載されている内容の誤りを見つけるとすぐに出版社に連絡して指摘してしまうほど熱心に読んだ(笑)。

ファクターモデルの入門書

ひさびさに激しく笑いました。↓ (びびりおんさんのエントリー)
日経過去3番目の下落率

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